「 2017年01月26日 」一覧

ヒヌカン(火の神)をお下げしました。

 突然ですが・・・

 沖縄の信仰であるヒヌカン(火の神様)を満を持して下げる事にしました。(お下げしました。)

 

 今回の場合、私個人だけの所持ではなく結婚前からあったものなので

わたくしごとが終わってから追々に・・・とタイミングがやってきたこともあり

大々的にややお祭りモードとお世話になった神妙さとの感覚の中で無事に収めることになった次第です。

 

 

 沖縄的なスピリテュアルを生業とする人は

神棚や神ヒヌカンというものを所持しなくてはいけないという

しきたり?があるようで、何もわからない時に言われるままに「ねばならない」を実践してきたわけです。

 もともと、スピリテュアルを信じていなかったからなのか(笑)

「これが正当で正しい」という事に反発している自分がいる

罪悪感などもろもろ大変な作業でしたが・・・違和感半端なく続きました。

 

 仕事を通し、自分の魂も整え、きちんと仕事をしていくうちに

基本的なことはやってみたが自分とは合っていない・・という真実に出くわして

身近な人達の恐れを横目に、ひとつずつ手放していきました。

 

 

 生まれた場所やしきたりや宗教で魂は決まる時代でもないし、

情報や住む場所や価値観を変えただけで、常識が変わるのなら

真実の道は魂が知っている・・・と実感したわけです。

 

 

 神棚やヒヌカンを下げることは沈黙で行いました。

 普通、怖がるからです。

 祟りとかいってね~・・・

 それでも、自分の魂の通りに生きる事を実践しないと生きている意味がないし

私の考えるスピリテュアルではないな~と決断したのです。

 

 次元が上がると枠にとらわれることが無くなり、

スピードが速く軽やかさを増していきます。

 自分を感じることはすごく大事!

 

 そして、

 神様は重くないはず。

 

 

 そんなこんなで、

 随分前に個人的な神棚やヒヌカンは清めてお焚き上げしました。

 ガイドに修験道とか居て良かったね、と自分に言い聞かせながら。

 

 次の次元に向かって邁進しなくてはならない覚悟も真剣度も上がる訳です。

 

 

 

 

別の国や宇宙に旅ができる現代、

ネットで世界とつながる時代からすると

女だから、お母さんだから、日本人だから、神人だから、・・・とか

そういう決めつけた枠だけ(役割だけに縛られる)では、

どんどん重く緩慢になり身動きできなくなります。

 

 それぞれの役割(女性・母・人種・仕事人・友人・娘・嫁とか)で

どうスピリテュアルに生きるかということが大事なのです。

 

 

 

 

 

 スピリテュアルに生きるとは、魂に沿った生き方です。

 自分に責任を持つという事。

 それを実践し続ける先に答えがあるかも(笑)しれません。

 

 

 

 沖縄では独身OLさんも気軽にヒヌカンヒヌカンを持つ事に身近なようです。

 (逆に知らないって強みかも・・・と思ったり)

 でも、神様の対峙する場所やそういう行為の重要性も威力も知らないのだな~とも

思います。

 

 

 これまで私の意見を通して講座を開催したり、相談も受けてきました。

 

 終活と同じようにヒヌカンも忘れずに扱ってください。

 作りっぱなしでは、後のひともお困りです。

 

 

 ただの物だと扱う人もいると思いますが、

 祈りや想いが籠った物を後々、きちんと後始末できるということも

考えたうえで御仕立てしてくださいね。

 

 心の拠り所を持つことも学びのひとつですし、

 ヒヌカンも神棚も不要な生き方もあります。

 

 貴方の心に神聖さを宿し、己の神性に沿って生きる実践こそが

あらゆるものに敬意をはらいシンプルに「生きる」ことに専念できるのだとも思うのです。