いつでも、どこでも智慧や愛は授かれます。

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「教えを請う」という行為は、素直さや正直さが一番大切です。

 

教えを請う相手と向き合う姿勢だけでなく、自分の心と思考の状態を知っていると格段に

受け取るものが違ってきます。

 

人はどこへいても、誰からでも学ぶことができます。

 

知らないことを知り、恥(壁)を乗り越えることを繰り返すと

強靭な心、美しい心も出来るのです。

 

 

1月に初めて訪れた「花屋さん」で、わたしはお茶の木について尋ねました。

そうすると、わたしよりも断然お若いお姉さんからたくさんの知識を頂くことができました。

そして、「お茶の木では無いけれど・・・」と「クロモジ」を枝を一本をくださいました。

 

1ヶ月経ったそのクロモジ、芽から花に変化しています。

 

いまは、お目にかかることが無くなったクロモジ、見るチャンスもほとんどないと思っていたクロモジをプレゼントされた事お茶の木のお話などの時間と感動は、いまも継続してわたしにエネルギーを与えています。

 

魂の交流の感動です。

 

 

切望しているものを受け取る時

自然の中でも、

高齢の大先輩からでも、

小さなお子たちからも、

 

私たちはいつでも、どこでも教えを請うことが出来ます。

 

それは常に拓かれた心と素直さや正直さが必要です。

 

 

歳を重ねると、上手く恥をかかないように過ごす術を身に付けていきます。

 

そうなると、学ぶチャンスが失われてしまいます。

 

私自身もあえて「恥をかく」ような環境に自分の身を置くようにしています。

自分を律し、芯を強くしたり、誠実さを養うためでもあります。

 

そして、知らないことを知る喜びと楽しみ。

 

 

何処でもそうですが、学びの場での心持ちや立ち振る舞いが良くない人もいます。

それもクリアな心の眼でみれば、得る事がたくさんあります。

その人をジャッジすれば、その場で優越感を持って入った自分に自分が恥を教えてくれたりもします。

 

それも自分に気づいているということ。

 

 

自然が教えてくれること

先輩や後輩、子供や動物たち、風や火や雲が教えてくれること。

 

 

あなたがどこへ行こうとも、智慧や愛を授かることは可能です。

 

意識と姿勢。

 

開かれた心は、マインドよりも多くを得ると思います。